それって卑弥呼なの？ 　　　　
　 時空捜査局 事件簿
Time-Space Investigation Office Case Files
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　月神の研究
（Ｉｎ　ｓｅａｒｃｈ　ｏｆ　Ｍｏｏｎ　Ｇｏｄ）５６



　 緋色の女救出作戦
その２


　　 　 ○事件の時と所を推理する

　まず依頼人の存在した時代を特定してみる。 少なくともこのアーティクルは「月神の研究」であるのだから月神になんらかの関わりがある人でなければならない。 なんの関係もないのに飛び込みの依頼を採り上げられはしないことぐらいはわかっているはずだから…。

　月神が饒速日尊（ニギハヤヒ）が崩御して神上がりした姿であるのならかれの活躍した時代、２，３世紀あたりとみられる。 ニギハヤヒは邪馬台国の女王、卑弥呼（ヒミコ）（１５４〜２４７年）と同世代の人であった。 もしそうであれば場所も日本の出雲から九州、大和あたりまでと推定できる。 その時代に「緋色の女」と呼ばれそうな人物はだれであったのか。

○『魏志倭人伝』

　『魏志倭人伝』は西暦２８５年頃、歴史編纂官、陳壽がそれまでに日本と関わりをもった様々な人々の見聞をまとめ、 西暦２５０年代の親善使節、張政の一行の帰還までを記述したものである。 陳壽自身が見聞きした記録ではなく過去の出来事の聞き書きなのであいまいな部分が多く論争の種になっている。

　とはいえ邪馬台国を外から客観的に見た資料としての『魏志倭人伝』は日本の為政者による改竄から免れているので調べる 価値がある。それでは「緋色の女」に関わりがありそうな文章を抜き書きしてみる。

「男子無大小皆鯨面文身」
 　男は大人も子供も顔面に刺青（いれずみ）して身体にも入れ墨していたという。 魏からの訪問者たちの目にはずいぶん野蛮な風俗と写ったことだろうがこれは沖縄あたりの風俗であった。 これは男子であるし「緋色の女」とは関係がないだろう。

「倭地温暖冬夏食生菜皆徒跣有屋室父母兄弟臥息異処
以朱丹塗其身體如中國用粉也」
 　こちらが邪馬台（ヤマト）国の風俗である。 九州なので温暖だったらしい。冬でも夏でも生菜を食べて父母兄弟はそれぞれ別の家屋で跣（はだし）で生活していたようだ。

「以朱丹塗其身體如中國用粉也」という文章の主語がよくわからない。 中国で白粉を用いるように身体に朱丹を塗っていたということからの憶測で 主語に女子を補って一般的な女性の化粧法のように読まれている。

　しかし、それにしても頬紅や口紅くらいならわかるが赤というハデな色を身体に塗るというのはずいぶん思い切った化粧である。 ついこの間、顔黒化粧が流行ったこともあるので時代によってなにが流行るかわからない。 魏の使者があのガングロの流行中に来ていればどのように報告したことだろう。 どうやら少し「緋色の女」の雰囲気が漂ってきた。もう一歩踏み込もう。 もうすぐ見つかるかもしれない。

○女王卑弥呼

「卑彌呼事鬼道能惑衆
巳年長大無夫婿有男弟佐治國自為王以来少有見者」

 　ヒミコに関するこの有名な文章は少し不自然である。 　ヒミコは鬼道で人々を惑わしたとしているのだが、シャーマニズムで 惑わしたか惑わしていないかは定かではなかったはずだ。かなりの予断が感ぜられる。

　陳壽はなぜありのままの事実だけを記述せず 自分が実際に直接見もしないことを憶測をもって惑わせたとしたのだろうか。 歴史を記す者の態度としては筆が走りすぎている。


○巫鬼道

　かれは歴史編纂官であったから漢代に民間で流行した巫鬼道の知識があった。 それはのちに道教へと発展するシャーマニズムである。 女は巫（かんなき）で男が覡（かんなき）で合わせた巫覡（ふげき）という者たちが巫術を使って人々を惑わせた。 前漢の武帝の時には巫蠱（ふこ）による事件が起きた。 巫蠱とは甕に入れた毒虫たちを戦わせて生き残ったものを使う呪術であった。 そんな知識がこのような記載をさせる原因であった。

　 ○顔赤の女王

　「巳年長大無夫婿有男弟佐治國自為王以来少有見者」という文章でわかるように ヒミコはかなりの老齢に達しても夫もなく弟に政治を佐（たす）けられ王になってから見る者が少なくなっていた不気味な存在だった。

　ヒミコは神の依り代となるとき、身体に朱丹を塗っていた。 それが隔世（かくりよ）すなわち赤の世界の神々（スサノオやニギハヤヒ）とつながる方法であったのだから。 それが今日の巫女の袴の赤に受け継がれている。

　魏の使者たちはめったに姿を顕わさない女王が神のことばを人々に伝えるとき、 その姿を見てびびったことだろう。 真っ赤な顔の老婆がとりつかれたようになにやら語っている。これは 昔わが国でも流行ったあのいまわしい巫鬼道にちがいない。民衆はあの術に惑わされていると…。

　　　　　　　　　　　　　　（つづく）

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