炎で書いた物語」最終章（その8の35）
＜戦士（さむらい）達は今＞（その35）
♪ 娼婦ＭＡＲＹ ♪
１ さびれた港のかたすみに おまえはいつでも 立っている
だれもがおまえを通り過ぎ、 おまえのからだを通り過ぎるけれど
ＭＡＲＹおまえはけがれない、 ＭＡＲＹおまえはかわらない、けれど…
２ 油によごれたこの海に おまえは一人で 待っている
だれもがおまえを通り過ぎ、 おまえのこころを通り過ぎるけれど
ＭＡＲＹおまえはその涙、 ＭＡＲＹおまえはこぼすだろう、けれど…
あけない夜明けにもういちど、 あけない夜明けにいまいちど、けれど…
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そのころ、ぼくたち一家の居住していたロサンジェルスのダウンタウンに
ほど近い地区は韓国からの移民を大量に受け入れて
ＫＯＲＥＡ ＴＯＷＮと呼ばれるほどになっていた。
息子は、保育園は日本人の多い、セント・メリー教会に通ったが
キンダーガートゥン、から小学校へあがる時期には
地区の公立小学校に通わせた。
その学校の大部分は韓国系であとはラテン系移民の子女だった。
息子の入ったキンダーガートゥン、から小学校一年生へとつながるクラスで
日本人は息子ひとりだった。
そのクラスの先生はCHOUNGという女性だった。
かの女はぼくたち夫婦が微笑みかけてもいつも
こわばった表情のままだった。
ある日、ぼくたちは呼び出しを受けた。
「おたくの息子さんは、英語がわからないので困ります。」
とその教師は言う。
ぼくたち夫婦は家庭では日本語しか使わなかったので慌てた。
英語は学校で学べると油断していた。
学校の授業のことを息子にきいてもなかなか要領を得なかった。
とにかくそれから毎日、英語を一から教えた。
その結果、二年になってブラッドレイというアメリカ人女性の先生
のクラスになると息子の国語（英語）の能力は人並みになっていた。
後年、息子は、CHOUNGさんの授業を回想して語った。
その授業で、英語を説明する韓国語がわからなかったと。
それでは、英語を学ぶのに英韓辞書を使うようなもので困ったことだろう。
東洋系ということでそのクラスに入れられたのだろうけれど
クラスの大多数の生徒にはわかりやすい授業も
息子ひとりにはチンプンカンプンだったらしい。
それから、約二十年が経過して息子は昨年、オクラホマに留学して
寮に入ったがルームメイトが韓国人留学生だった。
息子が困ったのは、話題が前の戦争のことに及ぶと
かれが火のついたように怒り出すことだった。
なるべく、そういう話題は避けなければならなかった。
寮の一年契約が切れて現在、息子は中国系マレーシア人たちと
アパートメントをシェアして暮らしている。
そこでは、今度は息子は南京大虐殺や日本兵が
父親たちに娘をレイプさせたという件で責められて、
ことの真偽をメールで尋ねてくる。
日本人留学生にとって、本当にあったのかなかったのかも、
国で教えられたこともない、負の遺産で非難されるのは迷惑である。
韓国人も華僑も前の世代が今の世代に、くり返し日本の非道を
伝えつづける。
幼いころからのそんな刷り込みが現在の若者を作っている。
本当にあったことと政府のプロパガンダの見極めがつかないままに
事実として魂に刻印されてしまっている。
日本でも歴史上の事実を正当化のために歪曲せずありのままに
次代に伝えておかないといけない。
しかし、中国系マレーシア人たちの場合は議論の最後にふと
「マレーシアは日本を尊敬している」といって、それで議論が終わるという。
かれらは中国人としてのアイデンティティとマレーシア人としての
アイデンティティを使い分ける。
そのときの自分の立場によって意見が変わってしまう。
われわれは、果たして自分は本当は何者か、と問いただしたとき
何が見えるのだろう。よって立つ、すべてを乗り越えたとき…、
自分とは何者なのだろう。
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＜時空捜査局、異聞『ザ・カース』鳩の女王の涙３＞
時空捜査局（Ｔｉｍｅ−Ｓｐａｃｅ Ｉｎｖｅｓｔｉｇａｔｉｏｎ
Ｏｆｆｉｃｅ）局長、白鳥武は王位継承図を見て首を傾げた。
「えーっと、なんだっけ、ほら、あれ、ほら、
じれったいなぁ。なにかいいこと思いついたはずなんだけど出てこない。
えーっと、わからないか、きみ。あれ、ほら、あれ…。
わたしはなにを言おうとしていたんだっけ」
「さぁ、なんでしょうか」
局員（Ｉｎｖｅｓｔｉｇａｔｅｒ）、戸浦百合は、
また、始まった、と思いながら
「その図面に隠された疑惑を探るおつもりなんでしょう」
と白鳥の手にしている王位継承図を指さした。
「そう、そう。思い出した。たいしたことを
思いつけなかったことを思い出した。
えーっと、この図面はこれで間違いないのかい」
「勿論、エジプトの王名表などは改竄に改竄が重ねられていて
学者によって説はまちまちで、この表も正しいとは言い切れません」
「そうだろう。ハトシェプストのあたりでなにか匂うけれど
この表では、それがわからないからもどかしいんだ。
安物の探偵小説のように重大な手がかりが最後の最後まで
隠されていたというのはごめんだよ」
「探偵小説ってミステリーとかサスペンスのことですか」
「呼び方は変わっても、わたしにとってはいまだに
エドガー・アラン・ポーや江戸川乱歩を超える推理作家はいない。
そうか、推理小説という呼び方も古くなったのか。
なにかといえば英語で呼べば現代的と思うのは困る。
とにかくポーの『黄金虫』の古文書の暗号解読の見事さに感動して
わたしはこの仕事を志したんだから」
「じゃあ、少しお待ちください。その安物の探偵小説のように
ならないように調べます。
もっとほかの系図がないかどうか、
ハトシェプストに絞ってネットで検索してみます」
百合は手早くインターネットでヒットした家系図をダウンロードした。
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ハトシェプスト家系図（Ｆａｍｉｌｙ Ｔｒｅｅ）
ア ♀
メ＝＝＝＝＝＝＝＝＝＋−−−セ
ン ‖ ン
ホ ‖ セ
テ ｜ ネ
プ ‖ ブ
一 ｜
世 ‖
♂
♀ ＊ ♀
ム ト イ
ト−−＋−−＝ト＝＝＋＝＝ア
ネ ‖ メ ‖ フ
フ ‖ ス ‖ メ
ェ ｜ 一 ‖ ス
ル ｜ 世 ‖
ト ♂ ♀
＊ ＊ ♂
♀ ト ハ セ
イ−−−＋＝−＝ト＝＝＝＝＝＝ト----ン
シ ｜ メ シ｜ ム
ス ‖ ス ェ｜ ト
｜ 二 プ｜
｜ 世 ス｜
♂ ト｜
＊ ♀
ト ネ
ト−−＝＋＝＝＝＝＝＝＝フ
メ ‖ ェ
ス ｜ ル
三 ‖ ゥ
世 ‖ ラ
♂ ｜
＊
タ ア
ア−−＝−−＝メ
ア ン
ホ
テ
プ
二
世
****************************************************************
「ほうら、やったじゃん。さっきの継承図との違いはセンムト
という名前が加わっていることだね。
この名前には覚えがある。
山岸凉子と氷室奈美の両方のコミックに登場したよ。
トトメス二世とハトシェプスト女王の子供のはずのネフェルゥラーが
センムトとの娘になっているのか。
センムトというのは王ではなかったようだね。
きみのことだからかれのことをもう
調べているんだろうな」
「はい、かれはセンムトとかセネンムトと呼ばれていますが、
市民階級の出身で成り上がってハトシェプストの
片腕として活躍した人物です。
あのハトシェプスト葬祭殿の建築者でした。
ハトシェプスト女王の恋人だったという噂です。
労働者たちの遺した落書きにセンムトと高貴な女性との
ラヴシーンなどがあって、その女性がハトシェプストのようなのです。
この系図はそういう噂を肯定するものですね」
「面白くなってきた。不適切な関係を結んでいたということか。
トトメス二世は長い間、病気だったんだね。
王家の血を絶やさないためにハトシェプストに愛人ができたのを
黙認していたのかもしれない。できた子供を自分とハトシェプストの
子供として承認して死んだ。」
「センムトの墓の棺は破壊されて遺体は発見されていませんが
１８８１年にディール・アル・バハリで王家の貯蔵所から発見されたミイラ
『知られざる男Ｃ』（ＤＢ３２）の顔にある二本の深い皺が
センムトを描いた陶片の絵の特徴と酷似しているのでセンムトでは
ないかといわれています。
センムトという名前は古代エジプトのチェスのようなゲーム、
センムトに由来するのかもしれませんね。
かれはゲームの得意な知的な男性だったのかも、局長のように…。」
戸浦の口調に揶揄の響きを感じて白鳥は応える。
「いや、わたしはべつに得意というほどではないが、
ヤマイダレをつけた痴的ではあるかもしれない。
学校時代よく友だちにシラトリじゃなくて白痴ョウと呼ばれた。」
「ここは笑って良いところなんですか。
笑うべき時には合図してくださいね」
「故林家三平師匠じゃあるまいし、そこまではできないよ」
「白鳥さんは本当は、間に毛が混じった
白毛鳥（シラケどり）さんじゃないんですか」
「なかなか言うじゃん。シラケ鳥ばかり飛ばしていないで
、ここらへんで天使のヒントを参照しようか」
白鳥はあやうく駄洒落大会の泥沼にはまりそうな自分を
なんとか沼の手前で踏みとどまって
戸浦のコンピュータのＣＲＴ画面に映るメッセージを読み上げた。
「『
93/11/19★…黒い柩、流された女王、物悲しく語る烏の歌…目を背ける勿れ
94/10/12 柩の中は空だった…別の壷が泉に投げられたが、何も起きなかった
95/10/15 三重に守られた聖柩は、地と血とチによって封印が解かれる』
よしよし、黒い柩、すなわち、疑惑の日（ラー）継ぎ、
が明らかになりそうだ。
その中身を語るヒントが94/10/12の
『 柩の中は空だった…別の壷が泉に投げられたが、何も起きなかった』
ということなんだね。
『柩の中は空だった』の柩を日継ぎ、と捉えて考えると
日継ぎの中というのは正当なラーの継承者ということだと思う。
だからトトメス二世の死による次ぎの正当ファラオを
指しているんじゃないだろうか」
「じゃあ、その正当な継承者がなくて空位ということでしょうか」
「うーん、それもありうるが、この場合
空をカラと読めばハトシェプストと関係してくるね。
ハトシェプストの即位名はマアト・カー・ラーだったろう。
彼女が正統継承者の空（カーラー）だった。
エジプトでは王には女がなれないという不文律があってトトメス死後の
ハトシェプストの即位は流されたんだな。
それが流された女王の意味だろう」
「やはり、物悲しく語っている鳥とはハトシェプストの
鳩（ハト）だったんですね。
わたくしもそう感じたから鳩料理を食べたり
ハトシェプスト葬祭殿の前に立ったりしてきたのです。
葬祭殿の壁にはハトシェプスト女王が雌牛の姿のハトホル神に
授乳されている場面などが
彫られていて女王の伝説が語られていました。
センムトが女王をカリスマ化するために彫らせたんだろうと
言われています。
ディール・アル・バハリはハトホル神の聖地なんです」
「ハトホル神っていえば、バビロニアでイシュタル、
ギリシァでアフロディテ、ローマでヴィーナスだったね」
「そうです。ハトホルとは『ホルスの家』という意味で
天の雌牛とか黄金の雌牛と呼ばれ、
太陽円盤を角の間に頂く雌牛や女性の姿で描かれます。
女性の姿の彫像は艶かしくて女のわたくしも見とれました」
「センムトは恋人ハトシェプストのために
いろいろと骨を折ったんだろうな」
「わたくし、葬祭殿の前でこんなことを感じたんです。
ハトシェプストの語る疑惑の王位継承とは、
夫のトトメス二世が亡くなってからの継承だけじゃなくて
その前にも遡るんじゃないかと。
敬愛する父王トトメス一世が亡くなって、正室の子である
ハトシェプストに王位が継がれるはずだったんです。
女がファラオになれないという不文律というのがおかしいんです」
「しかし、当時のエジプトではそうだったから
そうだったんだろう」
白鳥はは同意しかねるように言った。
戸浦はキッとした目で白鳥の逸らそうとしてしばたく目を見据えて
口を開いた。 （つづく）
♪♪音(SOUND)♪♪
