○ヨブの妻

『ヨブ記』第２章７、８節
So went Satan forth from the presence of the LORD, and smote Job with sore boils from the sole of his foot unto his crown.

And he took him a potsherd to scrape himself withal; and he sat down among the ashes.

「サタンは主の前を去って、ヨブの足裏から頭頂まで腫れ物に見舞わせた。 それでかれは陶器の破片で自分自身をかき、灰の中にすわった」

　ヨブ自身の肉体への災いの描写は実にあっけない。がまんできない激しい痒みが起こる炎症を与えたようである。ヨブの反応によって さまざまな皮膚炎や象皮病などと推測されている。

　『ヨブ記』におけるサタンの登場場面はこれで終わりである。短いようだが主役ではなく狂言回し役だったからこの程度の出番だったのだろう。

『ヨブ記』第２章９節
Then said his wife unto him, Dost thou still retain thine integrity? curse God, and die.

「そこでかれの妻は言った『あなたはまだ清廉さを保ちつづけるの。神をのろってお死になさいな』」

　これまでまったく姿を見せなかったヨブの妻がここで初めて発言する。 この一言がかの女を悪妻の代表のようにしてしまった。

　ヨブが東で最も偉大な男であったのなら、書かれてはいなくともかの女は東で一番偉大な妻であったことは想像に難くない。 息子七人と娘三人、 家畜、羊七千頭、らくだ三千頭、五百対の牛、雌ろば五百頭という 大所帯をやりくりして首長ヨブを支えてきた立派な奥様であったのだから。

　災いはヨブだけに及んだわけではなくその伴侶をも巻き込んでいるのだ。 突然、財産すべてを失いその上、可愛い子供たちまでも死んでしまった。子供たちを失うことは男親より女親の方が辛いように思われる。 計り知れない悲しみに茫然自失だっのだろうが 使者として生き延びた４人の召使いと夫婦だけの縮小した所帯の生活を始めたところに今度は夫ヨブの身に異変が起きたのだ。

　富裕な頃の信仰生活にしてもヨブだけがひとりでしていたのではなくかの女もまた敬虔な妻として宗教儀式の準備や進行を手伝っていたことだろう。 そんなふうに夫とともに崇敬してきた神の力が及んですべてを失ったとき、夫はそのことを恨むどころか神を讃えた。 その後も夫は神を敬いつづけたのでかの女も従っただろうが今度はヨブ自身の肉体に神からの災いが及んだ。普通の人はこれをどう感じるだろうか。

　「神をのろってお死になさいな」という発言は宗教者にとって許すことができないものだろうが それだけをみて悪妻とするのはいささか行き過ぎのようである。 表面に表れていない部分のかの女の心の動きを読めばこの物語がヨブ（完璧な人）とその妻（弱さをもつ一般人の代表）の物語でもあることがわかる。

　これまで夫婦に恩寵を与えた神がなんらかの事情ですべてを奪い、その上今度はヨブの身に打撃を与える存在となったのである。 妻は前回の受難の時、夫が次は自分の番と死を覚悟して上衣を引き裂いたり頭を剃って裸になって胎児に戻ろうとしていたのを目にしていた。 ところが覚悟していたヨブに死が与えられることなく、今回、わけのわからない腫れ物が与えられたのであった。

　「お死になさいな」という一見過激な表現は自分たちに災難を与える存在となった神の思いのままにされずに ヨブ自身の意志を貫けというものであると理解できる。

　　　（つづく）

　

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